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デヴィ夫人の生い立ち [芸能]

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東京港区西麻布に生まれ育った少女・根本七保子



やがて彼女は〝デヴィ夫人〟と呼ばれ、波乱万丈の人生を送ることになる・・・









根本七保子は大工の娘として東京に生まれた。


外人でもハーフでもない。


生粋の日本人だ。





根本七保子の家は貧乏だった。


それも超がつくほどの。





幼いころから活発で、そのうえ他を寄せ付けないほどの美貌の持ち主であった根本七保子は

学校ではいつも中心的存在で、学級委員なども務める少女だった。





しかし、親が多額の借金を抱えていた。





やがて、根本七保子は、通っていた高校を中退。


そして、親を助けるために、夜の世界で働くこととなった。






この頃、根本七保子は〝総入れ歯〟になったという噂がある。



そう。



16歳で〝総入れ歯〟






あまりにも貧しくて、歯医者に通えなかったから・・・ではない。



店で知り合った外人男性を喜ばせるため、


大きくてフニャフニャしたアレを持つ外人を満足させるため


根本七保子は、自ら歯を抜いて総入れ歯にしたというのだ。




そう。



濃厚な、壮絶な〝おフェラ〟をするために・・・





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しかし、そんな彼女に人生の転機が訪れる




スカルノ元インドネシア大統領




そう




スカルノが大統領だった時代に、日本を訪れ


そして、赤坂のクラブでホステスをしていた根本七保子を見染めた。




そして、根本七保子はスカルノの第三婦人〝デヴィ夫人〟となったのだ





スカルノとの結婚から5年後


待望の娘を授かる


娘の名前はカリナ





しかし、幸せも束の間


クーデターによりスカルノは失脚




デヴィ夫人は娘カリナを連れパリに逃亡


スカルノは死亡した。











その後、

デヴィ夫人は新政権に奪われた資産を取り戻すために、

娘カリナをパリに残して、単身でインドネシアに移り住むことになる。




そして、資産を取り戻り、娘と暮らすためにニューヨークに新居を構えたが・・・




そこに娘カリナがやってくることはなかった。





カリナの心は、すでにデヴィ夫人から離れていた。


カリナは多感な10代のほとんどを、母親と離れて暮らしていたのだ。





デヴィ夫人とカリナの確執


それは、25年も続いた・・・






やがてカリナも母となった。


息子キランが生まれたのだ。


そう。


それは、デヴィ夫人にとっての初孫でもあった。







キランの誕生により、カリナはデヴィ夫人と連絡を取るようになったという。


数奇な運命をたどることになったデヴィ夫人



しかし、キランの誕生により、


デヴィ夫人は、ようやく本当の幸せをつかんだのかもしれない。





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